ずっとこの映画が見たくて、DVDを探していた。
2003年の作品なので、かれこれ4年間も探し続けていた。
何で見つからないんだ。。。!? 当たり前だ。
タイトルを間違えて覚えていたからだ。(´ー`)┌
わたくしは、 “モーテル” というタイトルだとずっと思っていた。
確かに、映画の舞台はモーテル。
見つかったきっかけは、有栖川有栖さんというミステリー作家のエッセイだった。
彼がオススメの映画の紹介として、発見したのだ!!
まさに、狼は狼を呼ぶ。 ミステリー好きは、ミステリーを呼ぶってやつか?
そのあらすじは。。。
大嵐の夜、洪水に阻まれ、身動きがとれなくなった11人の男女が、1人の男が経営する一軒のモーテルに宿泊を余儀なくされる。
子供連れの夫婦、女優とその運転手、売春婦、若いカップル、殺人犯を護送中の警官。
交通が遮断され、電話も不通となり、外部から完全に隔絶されたモーテルで、奇怪な連続殺人事件が起きる。
死体の傍らには、ルームナンバーが印された部屋鍵が残されていた。
1人目の被害者には “10号室の鍵” 、2人目の被害者には “9号室の鍵” とまるで、殺人のカウントダウンをするかのように。。。
姿なき殺人犯は一体誰なのか!?
感想は。。。
久々の大ヒット。
映画としてというよりは、ミステリーとして文句なく面白かった。
瞬きしなかったんじゃないか? ってくらい真剣に観た。
脚本が良い。
驚愕のどんでん返し有り。
謎解きものは、構成が綿密にできていないと、どこかでストーリーが破綻してしまうが、矛盾無く観れた。
何よりも、2度見がまたサイコー。
さらに、キャスティングが上手すぎだ。
ジョン・キューザックは、渋いしかっこいい。
特に良かったのが、レイ・リオッタ!! キミだ。
役者としては、ジョン・キューザックの方が断然良いのだが、レイ・リオッタを
“警官” という役でキャスティングした担当者は、あれだ、いわゆる2時間サスペンス的なんちゃって犯人像ってやつを知り尽くしてるよ。'`,、('∀`) '`,、
余談だが、医師役で出演していた役者。。。ん?
どっかで見たぞ!
(゜ロ゜) そうだ、以前、TV版『オリエンタル急行殺人事件』で、エルキュール・ポアロ役で主演したアルフレッド・モリナじゃん。
おデブで愚鈍な現代版ポアロを演じちゃった人だ。
こんなところでまたお会いしましたね。(´ー`)┌
どこをどう感想を書こうとすると、ネタバレにぶちあたるので、ミステリーとか、スリラー系が好きな人は、ともかく是非鑑賞あれ。
ただし、この作品は、純粋に犯人当てだけを目的として作られた映画ではなく、作品全体に叙述的なトリックが仕掛けられてますから、ネタバレを先に観てしまうと、全て台無しです。
ですから、以下のネタバレは読まずに観てくださいね。
※ これ以降ネタバレしてます。ミステリーじゃないですか!?(ドキドキ)
完全にミステリーじゃないですか!!(ワクワク)
久々の大ヒットな映画だった。
ミステリー小説の中ではよくある “吹雪(嵐)の山荘もの” や “孤島もの” などと言われている、クローズドサークルだ。
それだけじゃない。
連続殺人の被害者達に、一見して何の共通性もないように思われていたが、意外な共通点があるという、ミッシングリンク。
さらに、モーテルで起こる奇怪な殺人事件と、同時に進行していく、もう一つの連続殺人事件に関する再審理のシーン。
ミステリーで頻繁に用いられる道具(クローズドサークル、ミッシングリンク)を使って、2つの異なるストーリーを、巧みに組み合わせて1つのミステリーに仕上げている。
本作は、古典的な犯人当てを目的としたミステリーではなく、作品全体に、ある叙述トリックを仕掛けて、観客を騙す手法で作られている。
その代表とも言える映画が、 『シックスセンス』 であろう。
心理的トリックの一種だ。
本作はミステリーとしては、秀でた作品だと思う。
ミステリーにとって重要なのは、どこまでを観客に見せて、どこまでを隠すかだ。
見せすぎるとトリックがバレてしまうし、隠しすぎるとアンフェアなものになってしまう。
本作はそのラインが明確に、しかも徹底しているだけでなく、かなり大胆に伏線を張っていることが良かったのだと思う。
本篇が始まるまでに、
・解離性同一性障害(多重人格)、アイデンティティー
・5月10日が誕生日
・州都
・モーテル
・娼婦
・頭痛、アスピリン
と、ヒント出しすぎて大丈夫? と心配になるくらいに観客に切り札ともいえるカードを見せてしまっている。
決定的なのが、クレジット(出演者の名前)が表示される時に、アルファベットの一文字だけが残されるのだが、その文字を繋げるとタイトルでもある “IDENTITY” となる。
最初に見た時は、おしゃれな作りだなと感心するだけだったが、2度目に見た時には、思いっきり作品が意図していることを見せてしまっているんだから、その大胆さに驚きである。
勘が良くて、頭のきれる人は、オープニング・ロールとタイトルを見ただけで、トリックには気づくかもしれない。
だが、これが監督が仕掛けたこの映画自体のトリックであるといえる。
ストーリーの半ばくらいで、トリックが見破られるのは百も承知だったのだと思う。
というより、気づいてもらえるように、多くのヒントを観客に晒していたとしか思えない。
そうしなければ、最終的におとずれる強烈なオチのインパクトが薄れるからだ。
謎解きがされる前に、ちょっとだけ早く観客がトリックを見破れば、必ず安心感(油断)が生じる。
そこでアッと言わせるようなオチを持ってくれば、観客はさぞ驚愕するだろう。
監督が見破られたくなかったのは、トリックではなくて、最期のオチだった。
それを見破らせないがために、あれだけのヒントを見せ続けたのか。。。
この作品のうまさは、アイデアにある。
多重人格者が犯人という設定は、今では、多くの小説やドラマで利用され、もっとも作り手側としては、楽で都合が良い設定である。
逆に言えば、見る側にとっては論理性を欠いた、アンフェアと思わざるを得ない状況を作り出してしまう。
がしかし、本作ではその敬遠されがちで、またこのネタかとうんざりする設定をあえて持ってきた。
しかも驚くべきは、現実ではなく、ある意味架空の連続殺人事件に対して使ったのだ。
多重人格者の頭の中で行われた殺人事件にだ。
それを映像という形で観客に見せてみせた。
映画だからこそ成功したのだと思う。
この発想は素晴らしい。
冒頭から、登場人物達がモーテルに宿泊する羽目になる経緯を、時間軸を変えて見せる構成は面白い。
電話が不通になる理由もそこでちゃんと見せているし、警官のシャツの背中に何故血がついていたのかは、構成上最後の方でわかる。
セリフとして説明するのではなく、画で見せる。
こういうシンプルな作り方は好きです。
映画ならではだよね。
全体的にとても芸が細かい。
緻密に設定が作られている。
ただ、若いカップルだけ、省かれているのかが謎です。
必要ないっていえばそうなんですけど、丁寧に作っているだけ何故彼らだけ? と疑問。
第一の殺人と、第二の殺人の見せ方が、スリラー映画っぽくてベターなんですが、すごく怖かったです。
洗濯室の乾燥機が3台グルグル回っているのだが、何故か、ゴトン、ゴトンと洗濯物以外のモノが回っている音が聞こえるのだ。
エドが1台、また1台と止めると、残っていた3台目の乾燥機からゴトンと音がする。
それだけでなく、異様な振動で、乾燥機がグラグラ揺れてるのだから。。。あぁ〜怖い!!
中にあるよ、絶対中にアレが!!エドが中を探ると。。。(||゚Д゚)ヒィィィ やっぱり。。。
女優・キャロラインの首が!!
こんな演出されちゃうと、梅雨時のジメジメした夜に、コインランドリーに行けなくなるじゃないか!!
第二の被害者ルーは、犯人にナイフで滅多刺しにされるのだが、観客はバスルームで閉じこもっているジニー側の視点に立っているので、何が起きているのかわからない。
バスルームのドアをドンドン叩いていたルーが、誰かの来訪に急に押しだまる。
気になったジニーがドアに耳を当てた瞬間、ドカドカと尋常でない勢いでドアを叩きだすルー。
ジニーじゃないが、わたくしも叫んだよ、
ギャー!! って、ベターな雄叫び上げちゃったよ。'`,、('∀`) '`,、
モーテルでの事件が現実か、否かが疑問となるのは、護送中だった殺人犯が、隙を見てモーテルから逃亡するのだが、何故か再び同じモーテルに戻ってきてしまうというシーン。
まるで、妖精に惑わされたかのようだ。
このシーンでおそらく皆一様に、この映画に違和感を感じるだろう。
人によっては、モーテルに置かれていた、先住民の墓地についてのパンフレットを思い出し、ホラーまがいの話なのか? と思うだろう。
きっと素直な人は、100年前に水飢饉で全滅した、先住民の祟りを妄想したことだろう。
しかし、それ以前におかしいと思う点はいくつかあった。
子供連れの親子の父親・ジョージがおかしいとか、支配人・ラリーとは別人の男の写真が受付のデスクにあったとか、登場人物達が妙にナーバスというか、ヒステリー気味な人ばかりなのかとか。。。
何よりも、交通手段も、連絡手段も途絶えているのに、犯人は一体どこにいるのか? だ。
護送中の犯人? ありえない。
見るからに屈強そうで、頭がイカれた連続殺人犯。
完全なフェイクだ。
彼には顔も知らない泊り客をわざわざ殺す理由が無い。
そんな事してる暇があったら、逃げるに決まっている。
としたら、泊り客の誰か(共犯者を含めて)?
それでもナイフで首を切断したり、滅多刺しにする殺害方法が、こうも短時間に、手際良くなし得るのか?
しかも返り血も浴びずに。
そう考えると、この連続殺人が現実的でなく思えてくる。
まさか、誰かの夢でした! なんて夢オチとかじゃないだろうな。( ̄〜 ̄)
初っ端から、先住民の墓地という話題を出してきたことからも、これもミスリードの一端だし。
謎が、トリックがうっすらと見えてくるのは、エドとパリスの会話だ。
エドは元警官で、ストレスから精神疾患となり、意識障害をきたし休職中であるという話。
そして、エドとパリスの誕生日が、5月という共通点。
ここで、先住民の祟りというシナリオは完全に消える。
一瞬、エドが多重人格者で殺害を行っていたのか? と考えるが、それじゃ、平凡な三流ミステリーじゃないか。
一歩進んで、エドに犯罪を自覚させることが目的で、皆で一芝居してるとか?
だめだ、マリアを車で轢くなんてこと、芝居じゃ絶対に出来ない。
しかも、もうひとつのストーリーでもある、アパートの住人を6人殺害した罪で、死刑が確定しているマルコム・リバースの事件との繋がりが途絶えてしまう。。。
( ̄〜 ̄)ううん。。。 悩んだ。
(゜ロ゜) あっ。ここで、気〜づいちゃった♪ 気〜づいちゃった♪ 気〜づいちゃったよ!
マルコムの誕生日が5月10日!!
ま、まさかな。。。
現実にはありえない。
ありえない、けど、これはフィクションか。。。(´ー`)┌
わたくしは、ここでトリックに気づきます。
確信したのが、殺害された被害者の死体が、跡形も無く消え去ったシーンを見た時。
そこまでする必要性はないようにも思えたが。。。
そのトリックとは、モーテルでの一連の事件は、マルコム・リバースという人物の頭の中で行われていたのだ。
マルコムは幼児期の虐待によって、本来1人に1つの人格がそなわるはずなのに、それが分裂し、複数の人格を持つ解離性同一性障害(多重人格)という精神病を患っていた。
1998年にアパートで6人の住人を殺害したのは、その分裂した人格のうちの1人であるとし、弁護側は、殺害を犯したのはマルコムの肉体だが、別人格によるものだと主張。
死刑執行を中止するよう再審理を求めていたのだ。
医師は、殺人を犯した凶悪な人格を抹殺するために、協力的な人格・エドとコンタクトを取り、カウンセリングを行ってきた。
そして、死刑前日を機に、マルコムの中にいる複数の人格を一度に引き合わせて、人格の統合を試みようとしたのだ。
しかし、最も凶悪な人格が生き残ってしまった。
ま、まさか!!(゜ロ゜)
衝撃のオチは、ティミーが真犯人だったことでしょう。
トリックは見破っても、真犯人がいたなんて。。。完敗だ。
彼は、車の爆発で死んだことになっていた。
けど、死体が消えていて確認してなかった。
そうか、彼が死体となって発見されてしまうと、人格が消滅したことになってしまう。
だから死体を消すという不思議なシーンが必要だったのかぁ。。。
ただ、それまで殺害された人格の死体は、結構長い時間存在していたのはずるいなぁ。。。
それにしても、ティミー役の子役の鬼気迫る顔ったら、怖いったらありゃしないよ。。。
凶器をポンポン振って、反対の掌に当てて、 “今から殺るよ( ̄ー ̄)” って感じで準備運動してる仕草が怖い。
ティミーが真犯人だなんて、まるっきり頭に無かったもんだから、2回目見た時は、さらにこの映画が面白く見れた。
ルーや、マリア、ジョージが殺害されていく時のティミーの行動がよくわかるから。
現実では不可能犯罪としか言いようが無いのですが、これが、マルコムの頭の中で起きた犯罪であるということが、猟奇的な殺害方法や、不思議な現象も、子供が犯人であるという点を可能にしている。
目立った矛盾が出るわけが無い。
最期まで、悩ませたのが警官役のレイ・リオッタの存在。
この人をキャスティングした人、えらい!
2時間サスペンスでいうとこの、宮川一朗太的存在だよな。
登場シーンからして怪しい。
いや、もう顔が怪しい。
犯人顔だ!'`,、('∀`) '`,、
警官がたった一人で凶悪犯を護送なんて、現実ではありえないし、無線を使われることを頑なに拒否するし、監禁していた犯人には逃げられるわで、警官らしからぬ言動で、まずは第一容疑者決定。
しかし、ドラマ的には最も疑わしい人物はシロっていうのは相場。
だが、裏の裏をかいて、やっぱりこいつがクロかというパターンも無きにしも非ずだ。
あぁ〜!! もうどっちなんだっ! とさんざんてこずらせてくれたぜ。
結果的には、犯人ではあったが、真犯人ではないというナイスな設定。
ヤツは警官などではなく、それどころか、護送されていた犯罪者だった。
護送中、警官の背中をナイフで刺し殺し、逃亡を計ろうとした凶悪犯だ。
ここまでわかると、シャツの血痕や、無線を使わせなかったり、警官のくせにナンパしようとしてたり、冒頭のシーンが後付けにされた理由がわかる。
このおっさん1人で、この映画のサスペンス性を高めてくれた功労者である。拍手。
それと、ラリーが本当の支配人でなかった、という展開がさらに物語を複雑化させ、面白くさせている。
これはデスク上にあった写真を、エドが手に取って見るシーンや、ラリーが写真を引き出しに隠すシーンで、彼の口から語られる前から予想できる。
すごく面白い映画だったので、星5つでも良いかと思ったのですが、疑問点もチラホラあったので、4つにしました。
1番疑問に思っているのが、モーテルでの最初の犠牲者である女優・キャロライン。
ラリーに8号室の部屋のキーを渡されたはずなのに、携帯電話を使おうと、部屋を出た時、何故か9号室の部屋から出てきたのだ。
あれ? おかしいよ。(−ー;)
後でラリーがキャロラインの部屋から、彼女のサイフを盗むシーンを見たけど、何号室の部屋なのか確認できなかった。。。
また、6号室の部屋に入った若いカップルなんですが、こちらはドアについてる番号が一部壊れて、6が9になってしまうんですが、これは何か意図があってそうなったんですかね?
よくあるミステリーでは、部屋の番号を間違えて、違う人物を殺害してしまう。。。
なんてパターンありますよね?
けど、キャロラインが殺された時に、側にあった部屋鍵は10号室のものだから関係なさそうだし。。。
どうなってんの?
単に、観客をミスリードするための、無駄な小細工ってことなのか?
それと、解離性同一性障害についての認識が、多少違うように思える。
この病気の治療法は、確かに別人格を主人格に統合することが最良であるが、人格は消えても、記憶は残るということ。
別人格がそれぞれ抱えている記憶を、主人格に返すことこそが、人格の統合であって、複数に分断されていた記憶が、1つになれば、殺人を犯したのは自分ではないと言えなくなると思う。
法的には精神病を盾に、罪が軽くなるでしょうけど。
さらに、凶悪な人格は残してはならないと、医師がエドを説得します。
これは、明らかに凶悪な人格は抹消しろと言ってるように受け取れます。
別人格を殺せば、人格の統合が成されると誤解を受けそうなセリフだし、現実にはこんな乱暴な治療はしないです。
この病気の最先端をいく国とは思えない設定ですね。。。
1人の人間の中に、違う人格を複数持つ人間がいる。
本作を観ていると、それぞれが自己と意志をもった1人の人間として、リアルに描いているので、顰蹙だが、にぎやかで楽しそうに見えてしまった。
けど、ラリーがモーテルに住み着く以前に、そのモーテルを経営していたもう一人のラリーや、そのモーテルに宿泊に来たという人物たち。。。
マルコムには、登場してきた11人以外の人格がまだ存在しているはずなのだ。
それを考えると末恐ろしい。
最も恐ろしいのは、マルコム自身の人格、主人格が一度も顔を出さなかったことだろう。
彼は一体どこにいるのか。。。?
( ゚_ゝ゚) { 『ここに集まったのではない。ここに集められたのだ。』 これだったら小説でも可能だな。