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メメント メメント
ガイ・ピアース (2006/06/23)
アミューズソフトエンタテインメント
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::: クライム・サスペンス ::: ★★★★☆



DVDレンタルしました。
本作は、クリストファー・ノーラン監督の兄弟が書いた短編小説 『Memento Mori』 を映画化したもの。
“メメント(Memento)” とは、ラテン語で、形見という意味だそうです。
わたくしはてっきりフランス語かと思っていた。。。


物語は、自宅で強盗に襲われ、妻を亡くした男・レナードが、復讐のために犯人を追うという、クライム・サスペンスである。
一言で言うとものすごく単純明快で、面白味に欠ける内容だが、ちょっと手を加えただけで、非常に複雑で、面白い映画となった。
ポイントは2つ。
1つ目は、強盗に襲われた時、レナードは頭部を殴られ、その影響で10分程度しか記憶を保持することが出来ないという、前向性健忘症(発症前の記憶には全く影響ない)という記憶障害を負ってしまう。
記憶を継続し続ける為に、ポラロイドカメラで写真を取り、メモを取り、体にまで入れ墨を彫る始末。
信頼できる人も無く、たった一人で、自分が残したメモ(記録)だけを頼りに犯人を追う。
2つ目は、倒叙形式で描かれている点。
映画が始まると、死体が映されたポラロイド写真をイラだたしげに振るシーンが映される。
徐々にその写真の画像が白くなっていく。
ビデオテープを逆再生しているかのようなシーンを見せられた瞬間に、倒叙形式で物語が展開していくことが予想できる。
だが、これがそんじゃそこらの生ぬるい倒叙的手法ではないということ。
1つ目はサスペンス性とドラマ性を高めるのに有効だし、2つ目は良質なミステリーとしても楽しめる。

娯楽(大多数の人が楽しめる)とは呼べない作品内容で、ジャンルとしてもクライムもしくは、ノワール系なので、おそらく好き嫌いがはっきりする作品だと思う。
わたくしは脚本の秀逸さから、星4つとしました。
ミステリー小説ではよく倒叙形式が用いられ、誰が、誰を殺して、その因果関係までを先に読者に見せるが、どうやって殺したのか、のトリックの部分を伏せる場合がある。
本作はそれに近いと思う。
作り手側が、重要とも思える手の内を見せているだけに、初っ端から引き付けられるし、読者も巻き込んで謎解きを楽しむ、そんなミステリー好きにはたまらない作品である。


主演は、ガイ・ピアース。
この人が出演している映画は、 『L.A.コンフィデンシャル』 しか観た事がない。
たしか、インテリなエリート警官を演じてたと思うのですが、その時の印象が強くて、鼻持ちならない人という感じでしたが、本作では、やたら上半身を露出するシーンが多く、そのせいか体がムッキムキしてましたし、コミカルなシーンはすごく良かった。
けど、かぶるんですよね。。。見た目も、演技も、ブラット・ピットに。( ̄〜 ̄)
ただ、変わらないイメージは健在、やっぱ、ホモっぽいってことっすかね。(´ー`)┌
既婚者だったらすんませんですけど、何がどうって言葉にはならないのですが、ホモっぽいんだよなぁ。。。 ちょっと開け気味の口とか。。。?
ハリウッドでは有って当然的な、ラブシーンとかも無かったしなぁ。。。



観た感想は、 “この映画、手強い” です。
初めてかもしれない。
映画(娯楽)でこんなに頭を使ったのは。
公開当初はリピーター続出となるほどらしく、恥ずかしながらわたくしも3回観ました。( ̄ー ̄)ゞ
いや、もう疲れた。
眼性疲労、それからくる肩凝り、頭痛にもなった。
自分の記憶力の無さ、正確には、記憶したバラバラのパーツを組み立てる作業が出来ないアホさ加減には腹が立つ。
本作を観るということは、人間の記憶の不確かさを、レナードを通して疑似体験することでもあり、記憶していても、それを都合良く取り出し、再構成することが出来なければ、記憶していないことと同義だと痛感させられる。
ホラー映画ではないが、 “決して、1人では観ないで下さい” と言いたい。
是非、 “信頼できる人達” と観て、個々の記憶を補いながら、ディスカッションしてみてください。


ちなみにわたくしは、最初は字幕で、次にリバース再生(DVDバンザイ!)、最後に日本語吹き替えで観た。
字幕で観終わった時は、これって、こんな話? こういうストーリーでいいのか? と、理解出来ない自分が不安になった。
いや、正確には理解できたのか、できてないのか、それすらもわからない状態。。。
そんなおバカさん仕様に監督は、便利なリバース再生という特典を授けてくれた。感謝である。(´v`)
そこで、全貌をほぼ把握する。(ちょっと疑問な点もあり)
大体自分が理解できた通りの筋書きだったので、ホッと一安心。
そして、念押しの日本語吹き替え版を観た次弟。
全部見て思ったのが、字幕が1番悪いということ。
初めから日本語吹き替えで観ていたら、こんなに悩まなかったかもしれないと思う。
字数の都合とかもあると思うが、吹き替えの方は、わかりずらい訳にはちゃんと補足するような形でセリフがつけられているし、日本人の感覚と、英語圏の人達の感覚は、違うので多少意訳しても良いかと思った。













※ これ以降ネタバレしてます。




































構成が上手だと思う。
アルファベットで例えるなら、 “Y” だ。
まさに、 “Yの悲劇” である。
2つの異なったストーリーが、ある1点で収束される。
叙述的なしくみで緻密に練られた構成であり、脚本だと思う。
本作を観たら、始まりでもあり、終わりでもある、メビウスの輪を手にした時のような不思議な感覚に陥る。

カラー映像でリバース再生されるのが、メイン・ストーリーであり、モノクロ映像で流されるのが、サブ・ストーリーである。
メインは妻を殺害した強盗を追うレナードを、彼が記憶できる10分という時間の単位毎に、倒叙形式に展開していく。
確認はしてませんけど、実際の映像自体も10分毎に、サブと切り替えていたらすごい。。。
この10分間隔で、逆再生されるという驚愕の展開も手伝ってか、サブは一体なんの映像なのかと、とても悩む。
メインとサブが交わる時に、記憶力の良い人は気づくと思う。
もっと早くから気づくかもしれない。
わたくしは全く気づきませんでした。(´ー`)┌
よく見れば、レナードが着ている服装の違いや、宿泊していたモーテルの部屋が、途中から変わっていることからわかる。
わたくしはてっきり、レナードが保険調査員をしていた時代(過去)の回想シーンとばかり思っていましたし、部屋が変わっていることも、モーテルのオーナーがレナードの病気の事を知り、故意に部屋代を二重取りしようと企んだという風に違和感のない設定で、巧みに視聴者の目をくらましていた。
しかし、これは映画の初めに映されたポラロイド写真の死体の人物と、最後に映された死体の人物とが違うことに気づかせるための伏線だったんですね。
メインはテディを、サブはナタリーの彼氏(ジミー)を殺害するストーリーだった。
サブには、レナードの回想シーンや、テディやジミーとの電話での会話シーンも含まれている。

ところがこのメインとサブの殺害に至る登場人物の因果関係がまた複雑で、ナタリーの彼氏・ジミーは、レナードとは一切何の関わりもない人物であり、当然ながら妻を殺害した強盗犯でもない。
客観的に見れば、レナードは単なる麻薬のブローカー専門の動機無き殺戮魔に他ならない。
妻を殺害した強盗犯を殺害するつもりが、何故こんな事態に陥るのかと言えば、10分しか記憶が出来ないという彼の障害を利用しようとする人物がいるからだ。
テディと名乗る警官だ。
彼はその地位を利用し、麻薬のブローカーと連絡を取り合い、取引を成功させる為の手引きをし、その売上の上前を撥ねている悪徳警官である。
テディにとって、麻薬のブローカーを生かしておくことは出来ないため、事情を知り得ないレナードに殺害させていたのだ。
復讐の手伝い(強盗犯の情報を提供)をするという口実をつけては、強盗犯の名前でもある “ジョン・G” というヒントを与え、巧みにレナードを誘導していたのだ。
彼だけでなく、麻薬のブローカー・ジミーとの縁が切れずに生活していた、ナタリーもだ。
ジミーは彼女の恋人であったが、麻薬の取引に失敗し、金を持ち逃げされたと思った売人から恐喝を受けていた。
そこで、その売人をレナードに殺害させようと、一計を案じるのだ。


おそらく観ていた人間が誰しも感じることだと思うのだが、何故、彼はたった1人で行動していたのか。。。?
もっと自分を理解してくれる人間、信頼に足る人間が側にいれば、利用されることもなかったはずなのに。
テディは、レナードの為に、偽の妻殺しの強盗犯を見繕っていたわけですが、その中の1人に、どこにでもいる強盗犯で、自宅に女房しかいないと思って強盗に入ったうんぬんという話をしており、テディはそいつをジョン・Gに仕立てた、と言っていたような気がするのですが、これって、まさにレナードが妻を強盗犯に殺されたという話とカブりませんか?
それに、レナードの話では、妻を殺害した強盗犯が乗っていた車には、大金があったということからも、辻褄も理屈も合わない。
大金を所持していて、強盗なんて危険な橋は渡るかなぁ。。。?
サミーの話がレナードの記憶の捏造だとしたら、こっちもそうなんじゃないかと思う。
妻は強盗に殺害されたわけでもないのではと。
サミーの話はレナード自身の過去であるとテディは言っていた。
テディの証言をどこまで信用するか、にもよると思うのですが、彼は単なるディーラーの上前を撥ねる小物の悪党だ。
テディにしてみれば、レナードの妻が強盗犯に殺害されたという設定でないと、都合が悪いわけだし、事実と嘘を織り交ぜてレナードを利用していたのだと思う。
強盗犯に殴られたという話は、レナードが記憶を摩り替えただけ。。。
違っている点は、サミーという人物は実在したが、ただの保険詐欺だったという点と、レナードが保険調査員だったということだけ。

そう考えてみると、この物語の根底から違って見える。
もし、妻を(故意ではなくても)自分が殺してしまったとしたら。。。
サミーが糖尿病の妻に、大量にインスリンを投与してしまい、それにより死に至ったというエピソードが、レナード自身の過去であると考えたら、誰かのせいにしたくなる気持ちはわからなくはない。
妻は強盗に殺されたという記憶に摩り替えてしまったことも納得できる。
その誤まった記憶を維持し続ける為には、自分を知っている人間が側にいられると都合が悪いのだ。
事実から目をそむけるには、自分の過去を知らない人間といるか、孤独でいるかしない。
そして生きていくためには、 “生きがい” を探さなければならない。
そうしなくては、10分しか記憶を維持できない彼には、生きていく意味を見出せないからだ。
彼が自分の記憶を捻じ曲げて、警察の資料を故意に捨てたのには、永久に、自分が死ぬまで、 “妻を殺害した強盗犯” を捜し続けたかったからに他ならない。
虚構の強盗犯に復讐を遂げたとしても、彼には救いにはならない。
だからこそ強盗犯の名前は、 “ジョン・G” という曖昧さで、記録しておく必要があるのだ。

彼の記憶は、妻が殺害された(本人はそう思っている)という直後までしかない。
つまり、彼の時間はそこでストップしてしまっている。
人間は時間の経過と共に、つらい記憶や、悲しい記憶から遠ざかり、癒されていくのだが、レナードは10分後おきに、妻が死んだ直後から記憶が再生されるため、何度、何人強盗犯を見つけだし、殺害したところで、味わう苦しみは変わるどころか、鮮明な記憶として、何度もリピートされる。
周囲の時間は留まることなく、流れていくにも関わらず、彼の時間は永遠に止まったままなのだ。
もし、自分が彼の立場だったら、生きていくことには耐えられないと思う。
生きていかなければならないのだとしたら、その記憶を捻じ曲げてしまうしかない。
自分にとって都合の悪いことは、 “忘れる” のだ。
でも、それは悪いこととは思えなかったりする。
そうやって、自分の心に折り合いをつける柔軟さがあるから、人は人間社会の中で生きていけるのだと思う。


テディもナタリーも自利の為に、ありもしない記憶を捏造して、レナードを偽っていたが、本来であれば被害者として同情されるべきレナード自身ですら、記憶が出来ないことを知りながら、記録を故意に捻じ曲げ、テディを殺害した。
結局、記録も記憶もどちらも不確かなものでしかないということなんですかね。。。

本作の原作である 『Memento Mori』 は、ラテン語であり、日本語では、 “死を想え” となる。
死を想えとは、死を忘れるなという意味である。
人間誰しもいつかは必ず死ぬということを肝に命じよという戒めだ。
レナードにとっての戒めは、 “サミー・ジャンキスを忘れるな” だった。
痛烈で、滑稽とも思えるタイトルは、皮肉。。。かな?







(  ゚_ゝ゚) { 『記憶は自分の確認の為なんだ。』 自分自身が、自分を認識、証明するための記録。





テーマ:映画感想 - ジャンル:映画







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